メタアナリシスの意義 ~疫学研究の問題点の克服~
このように疫学研究は大事ではありますが、安易に飛びついて信頼すべきではありません。何万人もの人を対象にした調査であっても、その結果は一貫しない場合が数多くあるからです。例をみてみましょう。表Iは加工肉と大腸がんについて調べたメタアナリシス(ID:21674008)の内訳です。
このメタアナリシスでは9報のコホート研究を統合しており、それぞれの結果(リスクの増減)が示されています。それをみると、コホート研究によって数値が異なりばらついていることがわかります。なかにはマイナス44%というにわかに信じがたい結果もあります。なお表の右端にある「有意」とは、「(その結果に)意義が有る」ということであり、「(この結果は)偶然に出たものではない」という意味の統計学の用語です。
研究者名 | 発表年 | 地域 | 対象人数 | リスクの増減 | 有意性 |
Pietinen | 1999 | フィンランド | 27,000人 | +1% | |
Flood | 2003 | アメリカ | 45,000人 | +17% | |
English | 2004 | オーストラリア | 37,000人 | +61% | 有意 |
Lin | 2004 | アメリカ | 40,000人 | -44% | |
Larsson | 2005 | スウェーデン | 61,000人 | +13% | |
Norat | 2005 | 欧州10カ国 | 480,000人 | +15% | 有意 |
Balder | 2006 | オランダ | 121,000人 | +21% | |
Cross | 2007 | アメリカ | 500,000人 | +26% | 有意 |
Nothlings | 2009 | アメリカ | 2,500人 | +21% | |
メタアナリシスの結果 : |
+18% | 有意 |
コホート研究によって結果がばらつく理由はいくつもあります。人種によるちがいや地域ごとの食文化や習慣、環境のちがいなどです。そして、それらの要因によって起こる結果のばらつきは、調査対象者の数が小さい場合に顕著になります。
実際に表をみると、コホート研究の結果がメタアナリシスの結果と大きく異なっているのは、調査対象の人数が少ない場合であることがわかります。それに対して、2005年と2007年の約50万人もの人を調査した研究ではメタアナリシスの結果に近いものとなっています。このように調査対象者の規模が大きいほど結果のばらつきがなくなっていき、より真実に近い結果が得られるようになります。
実はこれがメタアナリシスを行う意味です。メタアナリシスでは疫学研究を複数あつめて統合することで、あたかも大規模な疫学研究を行ったかのような結果を得ることができます。その規模は一つのコホート研究ではとうていできないほど大きなものとなり、そこから得られる結果はどんな医学者も無視できないものとなります。そのため、メタアナリシスは食と健康の真実に迫るための研究論文として最高峰のものなのです。
このようにメタアナリシスが研究論文の最高峰だとわかれば、世の中にあふれる食の健康情報はそのほとんどが「まだはっきりわかっていない」ものだとわかります。そして昆虫やネズミの実験などの報道をみても、その位置づけがわかりますから、もう一喜一憂して惑わされることはなくなるでしょう。
メタ・チャート ~これが「食と疾患予防」の科学的根拠の全体像です~
以上のような考え方によって、メタアナリシスが食と疾患予防の論文の最高峰であることがわかりました。そして、ある食品の健康効果についてメタアナリシスが存在していない場合は、その効果は「科学的にはっきりしていない」のだということがわかりました。その次に必要なことは、論文として発表されているすべてのメタアナリシスを探し出すことです。それによって、食と健康について科学が現在までに明らかにしたことの全体像がわかるからです。
食と健康についての最も古いメタアナリシスは1990年に発表されています。その年から2014年末までに発表されたものは全部で6,830報ありました。それらについて題名や要旨を確認したところ、食と疾患予防について調べたメタアナリシスは全部で608報あることがわかりました。それが巻頭のメタ・チャートで色づけされているマス目のすべてです。
木を見て森を見ずということわざがあります。物事を部分的にみているだけではすべてを知ったことにはならず、全体観があってはじめて真理がわかるというのは万事についていえるのではないでしょうか。食と健康のメタアナリシスについてもそうです。1報のメタアナリシスの結果をみるだけでは、食全体のうちでなにを食べれば健康になれるかはわかりません。メタ・チャートをみることではじめて「食全体のうちで健康にいい食べもの」がみえてきます。
第一章では、全体をみわたしたときに浮かびあがってくるのは、次の3点であることを述べました。
(1) 野菜は多くの疾患の予防に効果的
(2) 肉、脂質、炭水化物は要注意
(3) 食品からとる栄養は効果的だが、サプリは効果的とはいいがたい
実はこの3点はどれも、一言でいうと「野菜が健康にいい」ということです。(1)はそのままなので解説は不要でしょう。(2)は「野菜を食べよう」を裏返していっているものです。野菜、肉、油、炭水化物といえば、水分以外では私たちの食事を構成する主要な要素のすべてです。肉も油も炭水化物もなるべくひかえるべきとなると、そのほかでおなかを満たすには野菜を食べるしかありません。
では(3)はどうでしょうか。メタアナリシスの結果でも紹介しているように、栄養成分を食品からとるときの疾患予防効果は大きいことがわかっている一方で、サプリの疾患予防効果ははっきりしたものではありません。
これはとてもあざやかな対比です。栄養成分を精製したものはその効果がはっきりしないことが多いのに対して、その栄養成分を含む食品そのものの場合は疾患予防の効果がはっきりと確認されているのです。その食品こそが野菜です。野菜には、含まれているビタミン類だけでは説明がつかない奥の深い力があるということです。
このようにメタ・チャートからみえてくる(1)、(2)、(3)を一言で表わすと、「健康のためには野菜が大事だ」となります。これが現代科学からみえてくることの本質であり、それは人間が健康に生きるための真理なのではないかと思うのです。
元のページ…メタ栄養学の考え方
本ウェブサイトの内容を含めた総合版はこちら・・・「本当に健康になる食」はこれだ!2015年版